阿鼻叫喚!

 殆ど賞味期限切れのような話ですが、アイスランドの火山灰騒動にちなんだ前回のブログ「飛行機雲のないひたすら真っ青な空 」の続きです。今回は長いです。
 
 日本へ出発の前日4月19日、ルクセンブルクのホテルのブランケットホール(いつも鍵が開いているので、使われていないときに勝手に忍び込んで練習をしている)で夜中まで超絶技巧の猛練習をした後、0時に明日フランクフルトから飛ぶ予定の某航空会社のホームページでフライトを確認しました。22時に確認したときはまだ飛ぶことになっていたのですが、やっぱり来たか・・・キャンセルになっています。フランクフルトからは、ルフトハンザとエアベルリンのみが「特別許可」によりごく限られたフライトのみ飛ばし始めることを許されていました(他の航空会社はすべてストップ)。明朝5時15分の列車の早割りのチケットは取ってあるし、日本でソロの仕事が待っていて何が何でも飛ばなくてはなりませんので、予定通り明朝に出発する以外に選択肢はありません。
 
 藁にもすがる思いで、航空関係者の友人全員と所属事務所の担当者に「このような状況でどうしたら良いでしょうかメール」を送りました。満席で他にも乗りたくて困っている人が沢山いる中で、どうしたら優先的にルフトハンザの席をもらうことが出きるでしょうか。
 
 いの一番に全日空シュチュワーデスの大沢さんから「フランクフルトに向けてとんだジャンボが成田に引き返した経緯がありますので、万が一日本の2つの航空会社に離陸許可が下りても、2社ともフランクフルトに飛行機自体がありません。お力になれず本当に申し訳ありません。ごめんなさい!」というお返事。
 
 アドレスが変わったのでしょうか、ルフトハンザ大阪支店にお勤めの植松さん宛のEメールが戻ってきてしまいました。
 
 担当者から「今回のような災害の時は、たとえ最終的にコンサートがキャンセルになってしまったとしても、演奏家のせいには全くなりませんので、その点はご心配されなくて大丈夫です。という返事が返ってきました。嬉しいけどそうは言っても何がなんでも絶対に帰るぞー。お客さんは待ってるし、どんな思いで今日まで辛い練習に耐えてきたか・・・。返事にそう書き、ルフトハンザ大阪支店の植松さんに何とか電話連絡して裏ワザを含めて相談にのっていただいてください、とお願いしました。
 
 後援会の小林さんからも「世界中周知の事件ですので許されます。ストレスになり体調を損なったりして良い演奏が出来ない事の方が問題です。」というEメールを頂きました。
 
 あちこちに一斉に送信した「ルフトハンザの社長さん個人的に懇意にされているでしょうか?」という私のおバカなEメールに、「いいえ、残念ながら。」のお返事が続々と。
 
 2時間の睡眠後、まだ真っ暗で不気味なまでの5時の静けさの中、いざ阿鼻叫喚のフランクフルト空港へ出発です。こんなときに限って意外にも列車の遅れもなく、8時55分にフランクフルト空港に到着しました。
 
 火山灰騒ぎも5日目でしたし、空港のホームページで「空港まで来てしまえば何とかなるだろう的発想はお控えください」と呼びかけていたこともあって、空港ロビーの人口密度はせいぜい普段の約3倍くらいで、超満員でも阿鼻叫喚でもありませんでした。ただ、どの航空会社のカウンターでもお姉さんがテレビニュースで得られる程度の情報をエンドレステープのように何度も繰り返すのみで、もっと踏み込んだ情報を得られずに諦めたお客は、疲れきって座り込んで本を読んだりして長期戦を決め込んでいました。中にはカウンターを閉めてしまったり電話にもホームページにもアクセスできないようにしてしまうふとどきな航空会社もあり、怒っている人もちらほら。
 
 その中で唯一、大盛況で何百メートルにも達する列を成しているカウンターがありました。ルフトハンザです。
 
 予約を入れていた某航空会社のカウンターで同じスターアライアンス内のルフトハンザに振り替えろと咆え、私個人で付き合いのある旅行代理店に何か手がないか電話で確認し、担当者に、「だめかもしれません。つきましては日本に着いてすぐの練習予定をキャンセルしてください。」と連絡しました。ああ今日はフランクフルト空港で雑魚寝か・・・。練習は駐車場かどこかでするとして。雑魚寝の場所も確認し、最後の頼みの綱、ルフトハンザで拝み倒すのみです。ルフトハンザも全便のうち約1割ほどしか飛んでいませんでしたが、日本行きはありがたいことにキャンセルされていません(ただし満席)。もし今日の便がだめだと担当者が泣くけど、明日出発の便でも練習2日目から出られますか。
 
 ルフトハンザのチケットカウンターの長蛇の列に絶望しながら並ぶのは辛かったです。インターネットとEメールを開き情報を得たいと思いきや、さっきから何度も見ているのでバッテリーの残量がかなりピンチになって来ました。コンセントはどこにあるだろう。きちんと並ぶことが不得意なお国柄の人も結構いたりして・・・。1時間半は並んだでしょうか、まもなく私の順番が来る頃に、担当者から私の携帯に電話がかかります。「植松さんに連絡がつきました。残念ながら難しいです。」がっかり。もうだめか。「とにかくフランクフルト空港のルフトハンザのチケットカウンターに行き、その時点で入手可能な航空券を尋ねることをお勧めします。ご希望のフライトが混んでいても、欧州内のフライトもキャンセルが多いので、成田行きに乗り継ぎ予定のお客様が実際に何名搭乗されるかは直前まで流動的だと思います。ことによると搭乗手続きが締め切られる頃、または搭乗時刻直前に空席が出るかも知れません。今回は状況が状況だけに確約は出来ませんがトライしてみて頂けませんか。私が渡辺さんの立場でしたら今は迷わずそうします!とのことです。」そういえば、学生時代に満席で夜行バスのチケットを入手できなかった時、出発直前に運転手から直前にキャンセルされた席をゲットしたこともありましたっけ。でもその時間に私の順番が回ってくるの可能性は針穴に糸を通すようなこと。そもそも出発時刻って13時何分だったっけ?結構脳神経が疲れてきて判断能力が鈍りかけています。
 
 そして私の順番。まずCDを出して見せます。「私がソリストで出演するコンサートのために、何が何でも日本に飛ばないと困るんです。どうか今日か明日の便の席をください。」「シュヴィーリッヒ(難しい)」とか言われながらコンピュータでカタカタ探してもらっている時間の長いこと・・・。「最後の一席ありますよ。」予想外の答えにまずわが耳を疑います。思わず「何て言いましたか?」なんて聞き返しました。「正規料金で片道2500ユーロです。但し今12時55分で13時35分出発の便ですから、乗るのでしたら今すぐご判断ください。」コラッ詐欺か!と一瞬とさかに血が上りましたが、相手は紛れもないルフトハンザです。えー、正規料金ってそんなにするんだー。阿鼻叫喚!しかし背に腹は変えられぬ。泣く泣く払いました。
 
 でも・・・、帰れることになって本当に良かった。超嬉しかったです。チェックインカウンターまで走り、予定していた某航空会社の規定の30キロの荷物を、ルフトハンザは本当は20キロのはずなのに見逃してくれました。というよりそんな時間がなかったのです。チェックインカウンター滞在時間約30秒。走る走る、フランクフルト空港は成田空港よりももっと大きいのです。途中で、植松さんと担当者に、急いで報告とお礼の電話だけはしました。
 
 成田空港に降りたとたんに、共同通信社のインタビューを受けました。フランクフルト空港の様子と、そして私の仕事への影響についてお答えしました。後日新聞社の友人から、「共同通信社から成田空港での貴兄のインタビュー記事が配信されてきました。」と知らされました。でも実際には,どこの新聞社も白抜きで「渡辺克也あわや日本公演キャンセル!」という記事にはしてくれなかった模様です。
 
 いつもにも増して一音一音魂がこもった日本公演になりました。
 
 ヨーロッパから出られなくてコンサートを本当にキャンセルせざるを得なかった同業の日本人オーボエ奏者の話を聞くに及び、今回は本当に植松さんに救われたとの思いでいっぱいです。持つべきものは友人。友人をもっと大切にしようと心に誓った出来事でした。